<前回のあらすじ>
症例:高齢の女性。
施設内では車いすを使っており、平行棒で歩く練習をするレベルである。
歩行時は、両上肢の支えと身体の右変位により、左荷重を避けている。
膝蓋骨の下部周囲(a膝蓋腱、b膝蓋支帯、c膝蓋下脂肪体、d半月板のいずれか)を痛がり、歩行中左膝関節は常に軽度屈曲位である。
・ROM:膝伸展 -5/-5
・軽度の内半変形あり。
・筋力:膝伸展4/4。
・整形学的検査では引き出し兆候(drawer’s sign)が前方、後方とも陰性。
引き出し兆候(drawer’s sign)とは?
膝関節疾患検査のひとつです。
患者を背臥位にして、患側の膝を屈曲させ、足底はベットにつけます。
両手で脛骨の上部を前後から把持し、脛骨を前後に動かします。
前後の動揺が大きいと陽性です。
前方への引き出しは前十字靭帯断裂、後方への引き出しは後十字靭帯断裂を示します。
・座位での膝伸展を行ってもらうと、可動域全体で伸展可能であるのだが、膝を伸ばすだけではなくて、下肢全体を持ち上げてしまうような現象がみられる。
・大腿四頭筋の筋トレは効果がなかった。
・脛骨が後方偏移している。しかも、左の方がその傾向が強い。
・触診では、左のハムストリングスの方が張っている感じで、緊張が強い。
運動学や解剖学をもとに患者を診る、そこから逸脱しないことが大切だと考えています。「膝が痛い」という症例は、よく遭遇します。膝の痛みを改善するヒントは、患者さんと、そして解剖学の本の中にあります。
(なお、このブログは事実をもとにしておりますが、フィクションです。)
【臨床推論リセット】
①症例には、著明な膝関節伸筋の筋力低下はなかった。
しかし、膝関節伸展時には膝を伸ばすだけではなく、下肢全体を持ち上げていることより、症例には大腿直筋の優位性が伺われる。(大腿直筋は、股関節屈曲の作用があるからである。)
②一方、膝関節の安定性に関与する膝蓋支帯は、広筋群とつながっている。(このため大腿直筋優位では膝関節安定性が担保できない)
このことに加え、症例は高齢であり、軽度膝内反変形があるので、整形外科的テストで陰性だからと言って、膝が安定しているとは必ずしも言い切れないと、考えられる。
③したがって、膝関節の不安定性を推察から排除しないほうが良いだろう。
症例の場合、ハムストを緊張させ、脛骨の後方偏移を起こし、膝蓋支帯を伸長させることで、膝関節を安定させていると考えられる。
④結果的に、この脛骨後方偏移が、荷重時に、膝蓋骨と半月板との間を離開したと考えられる。
⑤どういうことなのか?
大腿直筋の収縮により、→膝蓋骨上方→膝蓋腱上方→膝蓋下脂肪体前方→膝横靭帯前方→両半月板前方に引き伸ばされる。(このように、膝蓋骨と半月板は、膝蓋下脂肪体や膝横靭帯を介してつながっている。)
荷重による大腿直筋の収縮により引き伸ばされた膝蓋下脂肪体は、脛骨の後方偏移によりさらに伸長される。そして、膝蓋下脂肪体は、痛みを引き出しやすい組織である。
⑤以上が、痛みを起こした機序ではないだろうか、と考えられる。
(大腿四頭筋の筋力強化では、大腿直筋優位の膝伸展筋力を助長し、結果的に上記の傾向を強め、膝の疼痛を強めてしまった、と考えれば納得がいく)
⑥膝蓋支帯を緊張させる役割を、ハムストリングスではなく広筋群に移行させることで、脛骨の位置を戻し、メカニカルストレスを減少させることができると考えられる。
➡このことで、痛みの減少につながる

【トレーニング】
方針:広筋群を鍛える。内側広筋か外側広筋かは分からないが、症例は軽度の内反膝もあることから、下記のトレーニングをチョイスした。
膝伸展 + 股外転。 セラバンド赤 30回 × 2セット/1日

上記の運動を1週間程度行ったところ、歩行時の膝痛は軽減した。
*もう一つ、症例が訴える「膝蓋骨の下あたりの疼痛」では、「圧迫による痛み」の可能性も考えてもよかったかもしれない。
この場合、半月板の前方の「前角」が痛みをよく起こす箇所なのだ。
脛骨の後方偏移がある膝で、膝伸展位で荷重した場合、大腿骨果部が前角を圧迫し痛みを出すからである。ただし、症例は膝軽度屈曲位で歩行するので、骨の前方の圧迫は起こらない(と思う)ので、可能性は低い。
ハラプリさん、ありがとうですたーい!!
患者さんのため、おいどん、これからも筋力トレーニングに励んで、強くなるたーい!!
*(「ハラプリの5分で臨床推論を立てよ」では、臨床でよくみられる症例をデフォルメしながら書いてます。)
*(当サイトのイラストは、理学療法士・作業療法士・スポーツトレーナー等の専門職が、自主トレーニング指導のために利用することを目的としています。
正しい利用がされない場合に生じたトラブルに関しては、一切責任を負いかねます。)
ハラプリの5分で臨床推論を立てよ⑪<終わり>