PTブログ:ハラプリの5分で臨床推論を立てよ⑦
運動学や解剖学をもとに患者を診る。
そこから逸脱しないことが大切と考えます。
運動学・解剖学は「1+1=2」の世界です。自分にとっては「すっきり」するんです。
症例が体現する現象を、とことん考えると、「これ以外には、ない。ああ、すっきりした」ところまでたどり着くことがあります。
さてさて、今回の症例は・・・・。
【症例紹介】
ある晴れた日の午後。
昼休憩はまだ時間が余っている。少しうとうとしていると、今年入職したばかりの後輩セラピスト君がやってきた。
むむ。後輩の頼み事だ。聞かねばなるまい。
老健へ通う80歳の女性。
去年、右人工骨頭置換術を受けた。
左T字杖使用で、歩行はそこそこ安定し、自立している。
前額面では、右立脚期で体幹が右へ大きく傾斜し、いわゆるデュシャンヌ型歩行に見える。
左立脚では左へhip swayする。
矢状面では、円背で、歩行周期を通して体幹は前傾し重心前方位。
右TSで股関節伸展がない。
さて。
後輩セラピストいわく、
のんびりした調子の後輩に少々イラつくが、まあ、確かに、不思議な歩容である。
後輩セラピスト君は、まずは中殿筋の筋力評価をした。
デュシャンヌ型歩行を観察して、中殿筋筋力を測定した彼の臨床推論は、道筋として正しい。
さすがである。
あなたは、後輩PT君の推論に違和感を感じますか??
見逃しを感じたのなら、5分で臨床推論をたて、評価し、トレーニングを指導してください。
【臨床推論】
①矢状面から考えると、円背の人は、通常、骨盤が後傾し、重心は後方変位する場合が多い。
②円背の立位は、重心を支持基底面に入れるために骨盤を後傾させる。
このためには、股関節は伸展位となる必要がある。
③症例が前方重心であることの可能性としては、症例の右股関節に伸展制限があり、後傾を抑えたために体幹が前傾位になった、とは考えられないか?
歩容と既往から考えると、違和感はない。
これはMMTを確かめる必要がある。
④前額面から考えると、側弯のある可能性や、左右の体幹筋に筋力差がある可能性が考えられる。
⑤左立脚のhip swayをどう考えるか?
右立脚で著明に体幹が右側屈し重心が右へ変位するので、左立脚の時は、床反力ベクトルと左股関節の距離が長くなる。
つまり左股関節には通常より多くの内転モーメントが作用する。
それに対する外転筋力が発揮できないため、左立脚ではhip swayを生じた、と考える。
⑤後輩君がMMT5と評価した、中殿筋筋力について、もう一度考えたい。
殿筋にはいろいろな繊維があり(前部、中部、後部繊維)、股関節屈曲角度により作用する筋は大きく変わる。
症例は「右立脚期に股関節屈曲位」であることから、中殿筋後部繊維の筋力低下が最も疑われる。
どの部位が機能低下を起こしているか探るため、運動方向を変えてMMTを精査する必要がある。
触診や視診もしてみよう。
歩行では、立脚期で重心線が大腿骨頭の内側を通ることになる。
この状態で体幹を支持するには、股関節外転筋の作用が必要となる。
ここで股外転筋筋力低下がある場合、体幹の外側傾斜により、重心線を骨頭の外側に位置させることで、骨頭の外側に重心線を持っていき、外転筋力の弱さを補うように歩行するようになる。

【再評価】
・脊柱に側弯はなかった。また、著明な体幹筋力の左右差はなかった。
・腰椎はmobilityの低下があった。
・右股関節の伸展制限があった。加えて、脚長差があり右下肢が長かった。(これも左hip swayの原因だったようだ)
・右中殿筋後部繊維は左の同部に比べて、筋委縮を認めた。
筋委縮している繊維と大腿とが一直線になるように、中殿筋の筋力を評価した(すなわち教科書に載っているとおりの評価の仕方)。
すると、(なんとか)MMT3だった。
再評価の結果、実は中殿筋MMTが3であったこと、腰椎のmobility低下、右股関節の伸展制限、脚長差が判明した。
【トレーニング】
基本方針 ⇒ 腰椎の可動域向上
⇒ 右中殿筋後部繊維の筋力強化
①横向きで寝て、右脚を持ち上げる(少し後ろ側へ)
10回×3セット / 日、 期間 : 3か月
②腰椎にタオルロール

上記、5分 / 日 、 期間:3か月
*上記を行ってもらい、2~3週後に歩容の再評価を行う。
*股関節伸展可動域を向上させる、というアプローチもありうるが、今回は行わなかった。人工骨頭術後ということもあり、自主トレでのリスクを回避するためである。
<終わり>